危険地の取材は誰がどう判断して赴くのだろう?  ~311福島第一原発事故への組織メディアの対応から、「ジャーナリストの報道する使命と安全確保の軋み」と「正しい自己責任」について考える その2  / 五十嵐浩司(いがらし・こうじ) 

■「その都度決める」が米メディアの大原則

ニューヨークではAP通信社とニューヨーク・タイムズ社の2組織メディアを訪ねた。それぞれ米国の―というよりは、世界の、ですね―新聞と通信社の代表格であり、米国のメディアとしては社内研修制度やさまざまな教本的な文書や綱領もよく整備されている。
そこで聞き取り調査を行ったのは、次の4人である。

・AP通信
➀国際報道担当副社長(Vice President, International News)、前編集局長、ジョン・ダニスゼウスキ(John J. Daniszewski)氏
②編集局次長兼規範担当部長(Deputy Managing Editor, Standards Editor)、トマス・ケント(Thomas Kent)氏
・ニューヨーク・タイムズ紙
➀国際報道担当編集局長(International Managing Editor)、マイケル・スラックマン(Michael E. Slackman)氏
②規範担当準編集局長(Associate Managing Editor)、フィリップ・コルベット(Phillip B. Corbett)氏

両社とも「災害報道について調査したい」と申し入れてあった。「災害報道」は英語でDisaster Reportingと表現した。これは日本で考える地震や津波、噴火と言った「自然災害」は当然含むものの、これにエボラ熱や鳥インフルなどの流行や拡散、911同時多発テロのような大規模テロ、それにある種の内戦の後遺症まで加えた概念である。

まずまず確認しておきたいのは、ニューヨーク・タイムズ紙、AP通信とも自然災害、事故性の災害、大規模テロを問わず、災害報道(Disaster Reporting)に特化した取材マニュアル・教本は作っていないことである。

ニューヨーク・タイムズ紙では様々な倫理綱領が成文化されている。とりわけ2003年のジェイソン・ブレア事件 の後、こうした綱領や教本の数が増えた。しかし、これも一般的な記者倫理や同紙が特に定める倫理手続きを記したものであり、日本のマス・メディアでは極めて一般的な「事件報道」「災害報道」「原子力事故報道」といった取材のテーマごとに細分化されたマニュアルや「手引き」は存在しない。2011年の311のあとに原子力事故取材に関する文書を配布したが、これも一般的な注意にとどまっている。

実は私はワシントンDCとニューヨークに新聞社の記者として計7年半滞在した。とくにニューヨークでは、勤務場所がニューヨーク・タイムズ・ビルの中にあったため、社員並みとは言わないもののかなりの内部情報に接することができた。だから、米メディアがこうした細分化されたマニュアルや手引きで動いていないことは、ある程度知ってはいる。

では、たとえば「原発事故が起き、取材者の被曝の危険性がある場合、記者やカメラマンを派遣するかどうか」はどのように判断するのか。

以下の米メディアに関するデータや内容は、私が書いた「災害報道の日米比較(1)~危険地への記者派遣と経験の受け継ぎ」(『大妻女子大学コミュニケーション文化論集』第16号、2018年3月、科学研究費助成事業・基盤研究B 課題番号15H05191)からひかせていただいた。ご容赦いただきたい。

まずAP通信は「記者個人には決して判断させない」とダニスゼウスキ氏は言う。現地に入るかどうかの判断は、そうした事態が起きるごとに召集される部門長の会議に委ねられている。会議の構成メンバーは、テレビ局長、写真局長、編集局長、セキュリティ担当副社長、及び国際報道担当副社長のダニスゼウスキ氏自身の5人で構成される。

「911米同時多発テロ」「ハリケーン・カトリーナ」 「シャルリー・エブド事件」 級の大きなDisasterの場合は、この5人で対応を検討した。「もう少しマイナーなDisasterである場合」は、このうち3人が集まり決定するのだという。

ジョン・ダニスゼウスキ=2016年2月10日、NYのAP通信本社で、五十嵐写す

ここで検討されるのはまず記者やカメラマンを派遣すべきDisasterかどうか。ここで「派遣すべき」と判断された場合、派遣の規模や期間、何をどこまで取材するかなどを検討する。派遣要員の心のケアや気遣う家族のケアの方法もここが受け持つことになる。一人ひとりの事情に合わせてどのようにケアをするか考えるのだという。

AP通信は全世界でAP採用の記者約500人、映像記者(スティル写真及び動画のカメラマン)約1200人、ストリンガー(現地採用の通信員)約2000人のジャーナリストを抱えるが、重大な事犯が発生した場合のジャーナリストの動きは、すべてこの会議が責任機関となり決められる。

「原発事故が発生し、取材者の被曝の危険性がある場合」も当然、この手続きを経て対応が決定される。「安全が最優先ではあるが、次にニュースのカスタマー(配信を受ける加盟の新聞、テレビ、ラジオなど)が何を必要としているかが考慮される」とダニスゼウスキ氏は判断の基準を示す。

APの倫理・用語規範は世界中のAP記者だけでなく、米国の多くの地方紙やテレビ局で用いられる。この倫理綱領と用語規範の責任者ケント氏も「記者はヘッド・クオーターの決定と指示に従うのが大原則。これを蔑ろにしては報道の倫理がなりたたない」と組織の決定優先を擁護する。

一方、ニューヨーク・タイムズ紙では、さまざまなDisasterをどう取材し報じるかは担当する記者とデスク、部長、担当局次長らによる協議、意見交換で決まるのだという。「原発事故が発生し、取材者の被曝の危険性がある場合」の取材も変わらない。派遣も上層部が一方的に指示することはなく、「記者が自分自身で担当したいと手を挙げるのが大原則」(スラックマン氏)という。

「一口にDisasterといってもハリケーンもあれば911(同時多発テロ)のよ              うな大規模テロもある。その衝撃の度合いもそれぞれ異なる。こうしたものに一律の対応を決めることは不可能で、ジャーナリストたちがその都度対応を考えるのが妥当」というのがスラックマン氏の論理だ。

ニューヨーク・タイムズ紙の倫理綱領や用語規範の「総元締め」であるコルベット氏も、放射線の濃度で一律に「退避」等を決める日本の組織メディアの多くが守る規範について、「取材に出向くかどうかは現場の記者の判断を重視するべきだろう。そうした柔軟さをジャーナリズムは失ってはならない」と語る。

マイケル・スラックマン氏=2016年2月9日、NYのニューヨーク・タイムズ紙本社で、五十嵐写す

私たちが聞き取り調査した日本の組織メディアの中にも、1号炉の水素爆発で退避命令は出したがもし若い記者が「現場に近づきたい」と主張すれば考慮しないでもないという発言や、匿名を前提とした組織メディア役員の「組織なんだから決まり通り『退避!』と指示しなければならないが、それでも行くときは行く。それがジャーナリストだろう」と「現場が独自の判断で取材する」ことを容認するかのような発言がみられた。ニューヨーク・タイムズ紙の姿勢は、こういった発言を「公式な社の方針」としていると言ってもよいのではないか。その都度、現場のジャーナリストも含めて検討していくのである。

■対応の違い生む「個として確立したジャーナリスト」

では、同じ米国の組織メディアであるにも関わらず、AP通信とニューヨーク・タイムズ紙のこうした意思決定の違いはどこで生じるのだろう。まず、「社風の違い」があるだろう。株式会社であり営利に敏感といわれるニューヨーク・タイムズ紙が「売れる記事」を目指してよりスクープ性を求め、非営利団体であるAP通信はまず会員メディアに安定した記事提供を続けることが大切なため「規律」を重視する、という説明である。

だが同じ倫理・用語規範を担当する幹部が、APのコルベット氏が「規律」を重んじ、ニューヨーク・タイムズ紙のケント氏が「柔軟さ」を強調するのは、この2組織を構成するジャーナリストたちの背景や熟練度の違いによると考える方がより合理的だろう。

フィリップ・コルベット氏=2016年2月9日、NYのニューヨーク・タイムズ紙本社で、五十嵐写す

AP通信は世界で3700人の記者・映像記者、ストリンガーを抱えるが、その国籍や各国で受けたジャーナリズム教育の内容はバラバラである。また、ニューヨーク・タイムズ紙に比べ記者の熟練度はそう高くなく、とりわけストリンガーには現地で採用された若い記者たちが少なくない。こうした組織で「現場の記者の判断」を重視すれば、その国ごとの文化的な背景や教育のレベル、何より一部の記者の経験の浅さから判断を誤る危険性が高まる。このため規律を強調せざるを得ないのではないか。

AP通信はまた定期的な研修の制度を持ち、その中には危険地に赴くことを想定した4日間の研修も含まれる。戦地を想定し応急医療措置や持参する装備、敵対する人々にどうアプローチするかを学ぶ。APの記者、映像記者たちは3~4年に1回、こうした研修を受けなければならない。そのうえで記者や映像記者に細かなチェックリストに回答させ、危険地に派遣するのに適任かどうか、十分に準備ができているかどうか判断する。

「記者であれ、自動車運転手であれ、通訳であれ、危険地取材チームの一員となるからにはこうした原則を適応する。フリーランスを雇うときにもこの原則は崩さない」(ダニスゼウスキ氏)のだという。こうした「研修文化」も、世界各国から異なる教育、異なる文化、異なる熟練度を持って記者を抱えるためだろう。

トマス・ケント氏=2016年、2月10日、NYのAP通信本社で、五十嵐写す

一方のニューヨーク・タイムズ紙は、自他ともに認める米メディア界の最高峰である。記者やカメラマンのほとんどが熟練の度合いが高い。ジャーナリスト側にも、彼らを使う会社側にも「個として確立したジャーナリスト」の自負が強い。このため規律で管理するよりも、経験豊かな個々の判断に任せるのが最も効率的だとの判断が生まれるのだろう。

ニューヨーク・タイムズ紙のジャーナリストは人種や民族の多様性はあるにしても、その多くは米国の教育機関でジャーナリストの訓練を受け、「米国の価値」という文化を共有している。ここに現場の危険性を判断するのに大きな差異は出にくいという「均質」への安心感があるだろう。

AP通信に比べ、紙の新聞を製作するのにかかわるジャーナリストや編集者の頭数が約1000人、うち実際に記事を書く記者やカメラマンが300~400人と少数なのも、こうした均質な価値判断を担保しているように思う。実はこの「300~400人」という数字が重要なのではないかと思うのだが、それは次の「日米比較」の章で考えてみたい。(その3を読む >>)

-五十嵐浩司(いがらし・こうじ)