杉本祐一さん「旅券返納命令事件」 裁判について  石丸次郎

石丸次郎(ジャーナリスト/アジアプレス)

2015年2月、新潟在住のフリージャーナリスト杉本祐一さんが、シリア取材を計画したことによって外務省から旅券返納命令と渡航制限を受けるという前代未聞の事態が発生しました。杉本さんはそれを不当だとして、その取り消しを求める裁判を闘っています。

 

■旅券返納命令事件の経緯

2015年1月末に後藤健二さんが「イスラム国」(IS)に殺害される傷ましい事件から一週間余りたった2月7日、シリア取材を計画していた杉本さんのもとを新潟県警の警察官と共に訪れた外務省職員が、旅券法で定める「身辺の安全の保護」を理由に、杉本さんに旅券返納を命じました。杉本さんは新たな旅券の再発給を申請して対抗しましたが、4月9日に発給された新旅券は、「イラクとシリア以外の国と地域で有効」と書かれた渡航制限付きでした。杉本さんは、旅券返納命令と渡航制限措置の取り消しを求めて、7月30日に、東京地裁に国を提訴しました。
杉本さんは、1990年代から旧ユーゴスラビア、アフガニスタン、イラク、パレスチナなどの紛争地を取材、シリア内戦勃発後は、2012年10月と翌年7月に、トルコからシリアのアレッポ、アザーズに入って政府軍と反政府組織の戦闘を取材しました。また2014年11月には、「イスラム国」の侵攻によってシリア北東部のコバニという町から流出してきたクルド人難民をトルコ側で取材しています。

「後藤さん事件」発生後、杉本さんは新潟日報と朝日新聞新潟版のインタビューを受けて、シリアでの取材計画を明かにしました。それを知った外務省は、取材を止める電話で求めました。杉本さんはシリアの「イスラム国」支配地域に行くつもりはなく、「イスラム国」との激戦の末、クルド人勢力が1月末に奪還していたコバニに行くことを計画していました。

この時、クルド人勢力は外国人記者をコバニに案内するプレスツアーを行っており、中東や欧米の大手メディア、朝日新聞が参加してしました。杉本さんはこのプレスツアーに参加するつもりだったと言います。杉本さんが外務省の取材中止要請を断り、渡航準備を続けたため、外務省は旅券返納命令に踏み切ります。自宅を訪れた外務省職員から旅券返納命令を受けた際、同行していた警察官から「返納を拒否すれば逮捕すると言われた」と杉本さんは主張しています(外務省は否定)。

外務省はシリア全域と、シリアに接するトルコの国境地区に「退避勧告」を出しており、杉本さんがコバニ取材を計画していたことを、旅券返納を命ずる理由としました。外務省がホームページに掲載した返納命令の説明は次の通りです。
「外務大臣は、旅券法第19条第1項第4号の規定に基づき、旅券の名義人の生命、身体又は財産の保護のために渡航を中止させる必要があると認められる場合にあたり、かつ緊急に同人に対し旅券を返納させる必要があると判断」

 

■旅券返納命令は報道活動への介入

ジャーナリストの旅券を取り上げて、取材のための渡航機会を奪うというのは、事実上の出国禁止措置であり、戦後一度もなかったことです。憲法21条の表現の自由、22条2項の移住の自由に反するものだと言わざるを得ません(「移住の自由」には、一時的な海外渡航の自由を含むと解釈がする判例・解釈が多数)。「パスポートを失うということは、フリーカメラマンの仕事を失うということであり、私の人生そのものが否定されるということ」と杉本さんは語っています。

しかるに読売新聞、産経新聞は、外務省の旅券返納命令を「妥当だ」とする社説を掲げました。そこに見えるのは、報道の独立についての意識の希薄さであり、マスメディアの特権意識、フリーへの差別意識です。報道に携わる者としての当事者意識のない2紙の社説は、日本の報道史における「汚点」として記録されるべきだと考えます。

シリアだけでなく、あらゆる地域に取材に赴くか否かを判断するのは、あくまで報道機関やジャーナリストです。政府に要請されたから行く、政府が行くなというから取材に行かないというのであれば、それは報道の独立性を自ら放棄するものであり、それはもうジャーナリズムとは呼べない別のものです。私は、取材に向かおうとするジャーナリストの旅券を政府が取り上げたことは、明らかに報道に対する介入であり、絶対にあってはならない強権発動だと考えます。

杉本さんに向けられたこの刃は、いつ、他の報道機関、ジャーナリストに向けられるかわかりません。杉本さんの裁判は絶対に負けてはならないと、私は考えています。裁判に勝利するための支援を呼びかけます。

■ 次回、第八回公判は2016年12月12日(月) 午後2時より東京地裁522号法廷で行われます。原告杉本さん本人に、原告弁護側と被告国側による初めての証人尋問が行われます。

-石丸次郎(いしまる・じろう)